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07/01

現地のラオス語語学学校に通って3日目。シェンクワン県出身の先生が休み時間に自分の幼少時代への話をしてくれた。シェンクワン県はベトナム戦争の激戦地として知られている。

僕がラオスに行くことが決まりラオスのことについて調べ始めた時、最も驚いたことはラオスが「ベトナム戦争」の戦場であったことだ。しかも激戦地だった。米軍によって投下された爆弾の3割である800から900万個が不発弾として残り、現在まででそれへの誤った接触より6000人が亡くなっているという。現在、アメリカの援助でUXO LAO(Unexploded Ordance Lao)という機関が不発弾の処理に当たっているが全ての除去まで1世紀かかるといわれている。

話をもどして、先生には母親は18歳の時に亡くなったということだ。それは畑仕事をしていて不発弾に触り亡くなったそうだ。また、先生自身7歳の時に、一ヶ月かけてラオスからベトナムへ徒歩で避難したそうだ。ラオスで聞く初めての戦争の話だった。

だがほっとしたことが一つある。生徒の中で一人の子が「アメリカ人が嫌い?」の質問に、「今はまったく恨んでない」とのことだ。自分だったらどうだろう、大国同士の争いに巻き込まれ、一ヶ月も歩いて隣国に逃れ、戦争後も不発弾のおかげで自分の親が命をおとす。アメリカ人を恨まないだろうか?

でも、一方で平和はこうやって一歩一歩作られていくのではないだろうか。イスラエルとパレスチナ、シーア派とスンニ派、クルド人とイラク、怨恨の連鎖による争いは今でも続く。でも、ラオス語の先生のように過去の歴史について「許す」ことが出来るなら。

僕の周りの中国人や韓国人は少なくとも僕のことを好きでいてくれる。そうやって一個人が過去の歴史を許し、友人としてかつての敵国と付き合うことが出来れば。そうやって地道に平和は作られていくのではないかと思った。
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