2009年10月の記事一覧

--/--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

給料

カテゴリ:未分類

10/30

仲良しのサンサイ君とラオス風の鍋(シンダート)をつつきながら、給料の話になった。

「お前いくらもらってるの?」こんなストレートな質問にもラオス人は素直に答えてくれる(逆も勿論ある。僕もすでに何回か聞かれた)

驚いたのは、その額だ。月額17USドルとのこと。彼は、インターン扱いだ。僕の職場には約8名のインターンがいる。ちなみに、看護師や教師でも初めはインターンで採用され、何年か働いた後、本採用にいたることが多いという。

では、課長クラスの給料はいくらか聞くと、100USドルとのことだ。インターンが少額なのは知っていた。でも、課長クラスでもこれしかもらえないとは。。。

例えば、今日の食事代は、鍋、チャーハン、ビール瓶6本で一人あたり5USドルだろう。昼ご飯にラオス風うどん(フー)を食べると、1.2USドルだ。ちなみに、僕は大体食費に150USドルくらい使っている。

給料が少ないことは知っていたけど、ここまで少ないとは思わなかった。勿論みんな副業して生計を立てている。また、サンサイ君のようなインターンは25歳にして、親に養ってもらっている。

でも、これでは有能な人材は集まりにくいだろうなあと思う。事実、NGOでは月に1000USドル位給料で払っている。我々から考えれば月1000USドルというの特にどういったことない額だ。だけど、ラオス人にとっては高額すぎると思う。優秀な人材を採りたいのか、本国の給与から考えると妥当なのか、NGOの真意は分からない(今度会ったら聞いてみよう)がもう少し、現地の事情に合わせた給与にはならないのかと思う。

つい、先日の職場の全体会議でも今年度が予算が赤字であることが発表され、解決策が話し合われた。日本のように、人件費を削減して赤字を解消することは彼らの給料から考えると出来ないだろう。

赤字→低賃金→有能な人材の流出 この負のスパイラルはどうやったら止められるのだろうか。今のところ僕にはアイデアがない。

17USドルしからもらってないサンサイ君は食事代は常に割り勘を要求する。時には奢ってくれたりもする。彼の人柄の良さに感謝しながら、構造的な問題解決のアイデアはないか考えていた。
スポンサーサイト

赴任3ヶ月目

カテゴリ:未分類

10/29

サラワンに来て3ヶ月が経った。

圧倒いう間の気もするし、長かった気もする。でも生活の基盤を整えるために重要な3ヶ月だったと思う。私生活は充実してきた。

仕事帰りに市場で買い物をし、雑貨屋に行ってビールを買い、料理をしてビールを飲む。週末は仲のいい友人と飲み屋に行って、その後カラオケやディスコに行く。職場の関係も良好だ。東京で仕事をしていた時とは比べものにならないほど、毎日が平穏に過ぎていく。

でも、何だか物足りない。そうだ、僕はここに生活をしに来たのではない。仕事をしに来たのだ。

この3ヶ月仕事面については結局何らの進歩も無かったと思う。この3ヶ月はずっと「待ち」の姿勢を貫いた。サラワン県の開発状況や自分の関わっているプロジェクトについての知識を得た。職場の信頼関係も徐々に築きつつある。
でも、それ以上にカウンターパートや職場の人が「何か」を僕に言ってくるのを待っていた。「こういう問題がある。」「こういう知識がない。」そういったことを僕に尋ねてくるかと思っていた。

何故なら、それが「スジ」だと思ったし、彼らが問題意識をどう持っているのかを知りたかったからだ。僕が最初からいろいろ言うより、彼らの話を聞かせてほしかったからだ。

また、協力隊員は彼らが要請する。つまり、彼らが何らかの問題意識を抱えていてそれをJICAに伝えて僕らはやってくる。だから、それを聞きたかった。

しかし、残念なことに細かい質問はあったが基本的には誰も何も言って来なかった。勿論、言葉の問題もある。まだ、コミュニケーションがうまくとれない。彼らがそれを知っていて何も言ってこないというエクスキューズはあると思う。

でも、一方で3ヶ月待った限り、もうこちらから何かしない限りこの状況が何も変わらないと思った。また、もし彼らが自分たちの問題が分かっていてれば、それなりにこの国は良くなっていき、それが分からないから途上国であると。

つまり、それらを発見しそれを教えてあげること、また、彼ら自身が問題を彼ら自身で考えるプロセスを教えることが僕の存在意義ではないかと思えてきた。

そのためには、僕が何を出来るのか、それを次の3ヶ月の課題にしていきたいと思った。

10/23

専門家の方と昼食を食べた時、現在彼女が行っているプロジェクトについて、「ある村が村人が全体的にモチベーションが無いためそこでプロジェクトは行わないことにした」と話していた。

「プロジェクトはモチベーションが高い村、人で行う。」
家に帰っても、なんとなくそのことが気になっていてそれについて考えてみた。

昔働いていたNGOも「貧困削減を行いたいという強い意思のある村・地域に援助をする」ことを基本としていた。また、シニアボランティアの方が「モチベーションがない配属先にいることは時間の無駄だ」と話しているのを聞いたことがある。

専門家もNGOも、そしてどの援助機関も行動の前提にあるのは、税金と寄付でプロジェクトが成り立っている以上、Accountability(説明責任)だろう。それには、当然、モチベーションがなく、プロジェクトを行っても誰も行動しなかったり、生産性の低い村人を相手にするよりは、成果の期待できる場所でプロジェクトを行い、良い結果を求めることは当然だろう。

しかし、一方で思うのは、「モチベーションがない村・人は援助がされず貧しいのだろうか」。また、「モチベーションがある村とない村で貧富の差が広がっていくのだろうか」。そうであるともいえるし、そうでないとも言えると思う。インフラ整備等のハード面はモチベーションが関係なく行われることもあるだろう。しかし、これらを考えると議論が広がりすぎる。

ここで、僕が考えたいのは、「では、モチベーションを上げるには誰がどうすれば良いか」ということだ。

「どうすれば」ということで、一つ思いつくのが何らかの制度の提供だろう。事例としては、マイクロクレジットだと思う。今までお金を借りることが出来なかった女性がお金を借りて小規模ビジネスを始めることが出来るようになる。

「誰が」ということで思いついたのが協力隊の活動だ。協力隊の活動は良くも悪くも結果が問われない。また、活動先も選べない(活動内容によっては選べることもある)。それは、モチベーションが低い配属先での活動も大いにありえることを意味する。

モチベーションが低い配属先に配属された場合、そこでの活動を止めて、他に移動するのではなく、それをどう変えていくかを提供できるのが協力隊の活動の強みであると思う。それは、各援助機関のプロフェッショナルが見落としがちな面に目を向けることができる可能性を示しているのではないかと思う。

「モチベーションをあげること」は、すごく難しいことだと思う。日本で日本人に対してそれを行うのも難しい。でも、それを途上国の人に対して行うことが出来れば発展の可能性を凄く秘めていると思う。

僕自身も2年間で同僚のモチベーションを上げるにはどうしたらよいかを考えていきたいなと思った。

雨期から乾季への移り変わりの季節。一人暮らしにしては広すぎる自宅のソファに寝転びながらそんなことを考えた。

道路

カテゴリ:未分類

10/15

「ラオスの開発にとって最も重要な問題の一つは道路である」と各援助機関や専門家は指摘する。

そして、少し古い統計(2002年)だがサラワン県は乾季にトラックでアクセス出来る村は全体の村の83%で、雨期は65%だ。

一番初めにこの統計をみて気づくことは、雨期になると65%しか村にアクセスできない。これは、村民が市場に食物、雑貨類などを売りに行くことを困難にさせる。勿論村の中で完結出来るものは出来るだろう。しかし、病院や学校に行くのにも困難だ。

これとは別に、この統計を読んだ時に思ったことは、乾季と雨季で統計が分かれること、雨期になると全体の割合が減ることだ。漠然と雨が多くて道が悪くなるからだろうなとは想像出来る。

しかし、これは実際にここに住んでみると体感できる。日本と違って、道路はコンクリートではなく、土だ。そして、土は雨が降ると水がたまり、泥土になり、そこをバイクが通るためどんどん道が悪くなり、最後は通れなくなる。

僕は毎日自転車で通勤している。家から出て右の道と、左の道があり右の道が近道だ。しかし、右の道は雨が降ると通れない。一見すると、ただの水たまりにみえる、そして何度か通ろうと挑戦した。しかし、いずれも痛い目にあう。まず、車輪が泥土にはまって動かない。そして、じつは水たまりも深くくるぶしくらいまでは軽く埋まってしまい泥土で足が汚れる。時々トラックもそれにはまって動けなくなっているのを目にする。

統計やレポートは紙の上でいろいろなことを教えてくれる。大抵僕はそれをクーラーの聞いた快適な部屋でそれを読む。でも、一方でそれが示す重要さは、実際に自分が足や靴が泥まみれになり、体感することによって感じることが出来る。

途上国に住んで初めて分かること、そんな体験を大事にしたい、家の前の道路をみながらそんなことを思った。

↓ これでも通ることができる道路です。
乾季の道路1

乾季の道路2

10/09

木曜日の午後、僕の課には誰も人がいなかった。

ここに来て以来、よくあることと言えばよくあることだ。勿論、会議や研修に行ってたりすることも多い。でも、多くの理由が仕事がなく時間を持て余し、他の部署に遊び(お喋り)に行ったり、家に帰ったりしている。

そして、今日の理由は「近くで学園祭がありそのペタング大会に出席するため」である。午前から練習していて、午後にみんなで出かけた。「午後はペタング大会に行っていないから」と自信満々に言われたけれど、仕事を休んで行くものなのだろうか。

「郷に入っては郷に従え」。相手国の文化、慣習は尊重したい。

しかし、時々このような彼らの価値観に驚いてしまう。

今までどおりの仕事内容であれば、何もかわらないことには気づかないのだろうか。それとも、ODAのような外的要因に依存していければ発展していくと思っているのだろうか。それとも現状維持でいいと思っているのだろうか。

GDP世界2位の経済大国日本は多くの人は仕事で忙しい。「過労死」で亡くなる人もいる。一方、途上国であり、これから発展しなければいけないラオスには仕事がない。日本が異常なのか、ラオスが異常なのか、正しい答えはないと思うけど、いずれにしてもラオス人の労働観について観察し続けたいなと思った。

↓ 誰もいない僕の職場です。。

職場
トップへ | 

カレンダー

プロフィール

最新記事

メールフォーム

カテゴリ

リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。