2009年08月の記事一覧

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08/30

ビエンチャンに出張に行った。ビエンチャンまで700km。現在近く(バスで3時間)のパクセー空港が工事で閉鎖されているため、最も近いサバンナケートの空港まで10時間かけてクーラーなしのバスで行く。

勿論、日本のような高速道路はなく、しかも道が悪いせいかあまりスピードを出せない。おまけに、サラワンからサバンナケートまで直接の道がないため、一度南下してパクセー(ラオス第二の都市)経由でサラワンを横断していくのだから時間がかかる。

これでも一応出張だ。数年前まで出張というとスーツを着てクーラーのきいた快適な新幹線に乗ってというのが当たり前だったから、今の状況のギャップにおかしくなった。

10時間かけてついたサバンナケートは聞いていた以上の都会だった。サラワンは走って2分もすれば町が終わってしまう。でも、ここでは町並みは永遠に続く。とにかく、ここに1泊して明日の夕方の飛行機でビエンチャンに行く。

とまどったのは、トゥクトゥクに乗ろうとして値段交渉したときにいきなり通常の2倍の値段を言われたことだ。サラワンなら値段は決まっているし、値段交渉もしない。そもそも、今日朝6時に家を出た時、歩いてバス停まで向かっていたのだが途中でバイクで通りかかった人が声をかけてくれてバス停まで2kmを送ってくれた。

もうひとつ象徴的だったのが、一緒にいた隊員が空港で荷物を預けたら、USBやニンテンドーDSを盗られたことだ。勿論、預ける荷物に貴重品をいれることは危険だし、隊員にも非がある。しかし、一日に2、3便しか発着がないこの空港でそんなことがあることは驚いた。

ビエンチャンにいた時は、トゥクトゥクのぼったくりは日常茶飯事だった。都会になればなるほど人は人をあざむこうとするのだろうか。GDPと犯罪発生率は相関関係ではないと思う。だとしたら、格差が犯罪を生むのかもしれない。持たざる者が持てる者に嫉妬し、それに追いつくために人を欺く。これが豊かになるということだろうか。少なくともサラワンの人にはそうであってほしくないと思った。
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08/25

サラワン県に赴任してから一ヶ月がたった。ここまであっという間だった。誰かが「最初の一ヶ月は仕事場に通うのが仕事」と言っていたが自分も実際そのとおりとなってしまった。

今のところ、仕事に関しては何から手をつけていいか分からない。

しかし、収穫もある。恥ずかしながらようやく自分がここで何をすべきか分かったことだ。

自分がやることは一言で言うと、僕の所属する計画投資局の職員の「キャパシティーデベロップメント」だ。

なんだか言葉にすると格好いい。学問でいう開発学の現代のキーワードだ。JICAやUNや開発コンサルタントが好きそうな言葉だ。

でも、考えれば考えるほどこれを行うのは難しい。僕なりにこれを達成するには3つのスキルがいる気がする。

?コミュニケーション能力(ラオス語)?プロジェクトに関する豊富な知識?経験

この3つのスキルをもってして、相手に信頼感を与え、説得力が増し職員の能力を上げることができる。
残念ながら今の僕には全部ない。しかし、立ち止まってばかりはいられない。職場の人は僕に対して凄い期待してくれている。何かを変えてくれると信じてくれている。

3つのスキルを得るには時間がかかる。では、逆に考えて今僕に出来ることを考えるべきだとと思う。それを考えアウトプットすること。これが今大事なことだと赴任一ヶ月目に思った。

08/17

職場の局長が来週から日本に半年間研修に行くということで、僕を含め同僚が局長の家に招かれた。

ちょうど、この時期が旬だというカタツムリを食べビールを飲んでペタング(家にマイペタング場がある)をしてみんないい気持ち。ちなみに恐る恐る食べたかたつむりはかなりうまい。さざえみたいにこりこりしている。「これはわさび醤油だよ」というとどこからかもってきてくれてさらにうまい。

今夜は気温もちょうどいい。こんな日の屋外パーティはとても気持ちいい。ふと、一人になってこれまでこの人たちと過ごした3週間を考えてみた。

僕が与えたものはほとんどないけど、彼らからもらったものはたくさんあったなと思った。職場で何か困ってると、そこにいる全員で解決してくれる。歩いて職場まで通っているか途中で誰かに会うと必ずバイクの後ろに乗せて送ってくれる。他にもいろいろ親切にしてくれている。

ふと、思った。今までは僕は「貧困を削減したい」、「途上国の人の役に立ちたい」とか考えていた。でもそれは凄い漠然とした考えだ。そして、その考えは映像や紙の上でのデータに基づいている。

でも、今はそれより自分にすごく親切にしてくれる「今目の前にいる同僚たち、あるいはこの街の人たちの役に立ちたい」と思っている。

「自分の身近にいる人たちが困っておりその人たちの役に立ちたいと思うこと。」

これが国際協力の中では重要なことではないのだろうか。何だか、今までの自分の中の「開発」についての理解が少し変わった瞬間だった。

08/05

もし、神様がいて「この世界で一番会いたい人に会わせてあげる」と言われたら、間違いなく僕はその人を選ぶだろう。

そして、その人にあった。しかもここラオスのサラワン県で。その人は有名な開発コンサルタント会社を作った人であり、今は代表の座を退いてひとりの開発コンサルタントとして働いている。

初めは名前だけしか名乗られなかったので、その会社の社員の方かと思っていたが、その会社の経営者的観点からの話、海外での豊富なコンサルタント経験の話などから途中でその人だと気づいた。

また、「開発」の世界の話を民間企業の事例などを用いて説明してくれたのが新鮮だった。彼は「開発」の世界がハードからソフトに変わると信じていた。それは、本田宗一郎がいつか車の時代が来る、井深大がいつか世界的な企業を作ると信じたように、彼もそれを信じ、会社のビジョンとしたとのことだ。

彼は僕らにも3つのアドバイスをくれた。

?経営者(プロジェクトリーダー)になりたいと思うのではなく、常に経営者(プロジェクトリーダー)の気 持でいること

・経営者になりたいという人間は出世欲がつくごまをすったり、つい現在の仕事がおろそかになる。し かし、常に経営者の気持を持つ人間は仕事に対して責任感を持ち、周囲もそれを認め、結果的に経 営者に押し上げられる。

?人間は35歳までに何の経験、知識を得たかでその後の人生が決まる

・常に目標を持ち、その為には今何をすべきか考える。35歳までに何をしたかが今後の人生を決めて いく
?JOCVは技術を伝えるのも大事だがその日々の行動で相手に伝える

・日本人の勤勉さは世界が認める。それは日々の行動の積み重ねでしか相手に伝わらない。また、途上国の人だってそれなりの知識や経験を持っている。大事なのは「自分は相手に対してほとんど何も出来ない」と早めに理解し、そのなかで自分が何を出来るかを考えることである。

08/04

飲んだ後はカラオケというのはここではお決まりのコースなのだろうか。前回と同じカラオケにいった。

ここに来るまでの道は中々の悪路だった。カラオケに着くと同僚のサンサイが僕にささやいた。「ここまでの道すごい大変だったろう。今サラワンは日本の援助が一番入っている。日本の力でどんどんここをよくしてくれよ。」

怒りをとおりこして呆れた。「俺は何のためにここに来たんだよ。お前らの公共投資のやり方を改善して自分たちの限られた予算を効率よく使って、自分たちの力でこの国を良くするためだろう」

しかし、これを伝える語学力は残念ながらないし、こういった話はもう少し仲良くなった時に誤解のないように伝えたい。

能力を上げるだけではなく彼らの意識を変える仕事もしたいなと思った。
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